前にAI技術の発展の怖さについて書いたことがあります。
AI技術の進歩で、本物そっくりのAIによる生成人間を映像に
登場させることも、遠い未来の話ではないと思われます。
そうなるとどうなるか。
昔もそうですが、歴史的資料として映像が記録されることがあり
ます。
有名人物の誰と誰が会っている映像とか、有名人の演説とか歴史
的資料価値がある映像はたくさんあります。
もし将来的にそういう映像がねつ造されるようになると、どれが
「真実の歴史」なのか区別がつかなくなるんではないかと。
更に、過去の歴史についても「新映像発見」とか宣伝して、敢えて
古臭く加工した映像とか公開すれば、信用する可能性があります
よね。
そして刑事事件も然りです。
どうにでも証拠が人工的に作れるのなら、裁判の意味を成さなく
なってしまうかもしれません。
加工された映像であるかどうかをファクトチェック出来る装置など
も開発されるんでしょうが、それをクリアする技術も生まれるかも
しれません。
ずっとイタチゴッコが続くかもしれませんね。
今までもそうだったかもしれませんが、これから公式場面に登場
する映像などについては、より厳格な出典の明示が必要になるかも
しれませんね。
身近な怖さでいえば、今は直接会わなくても、オンラインで会話
出来るわけですが、オンライン上で知り合って仲良くなった人が
実は架空の人間だった、身近な人が成りすましていたなんてことも
あり得るかもしれませんね。
結局、自分の目と耳と感覚で見極めるしかないということになる
かもしれませんね。
互いに疑心暗鬼になる不安定な社会にならないよう、祈るばかりです。