ayulaveの放言

思いついたことを見境なく書いてます

人の振り見て我が振り直せ

「人の振り見て我が振り直せ」という言葉があります。

最近ですが、仕事のことで同じ職場の人からひどい丸投げをされました。

まだどう処理できるか完了しておりません。

終わる時期の目途も立っていません。

その人に対しても呆れているし、困っているのですが、ふと思ったのは

その人は多分自分が丸投げした自覚がないだろうなということです。

それで考えたのは、その人は自分だけの基準にたって判断しているので、

相手の状況が分からず仕事を振っているんだろうな、ということです。

「詳しい説明をしなくても理解できるはず」という発想ですね。

結果自分は非常に困ったことになったわけですが、同時に「自分は人に

こんな仕事の振りしちゃダメだな」と思ったわけです。

つまり件の仕事を丸投げした人は、自分の「反面教師」になったわけです。

そういう意味では、まだ解決していない案件ではありますが、「自分なら

こんな仕事の依頼をしたら他人に迷惑を掛ける」というひとつの勉強に

なったわけです。

そういう意味で今回の記事のタイトルになります「人のふり見て我振り

直せ」という話になるわけです。

人間は誰でも、仕事でも友人知人関係でも家庭でも、様々な関係の人が

いて、その関係性により、距離が違ってくるわけです。

職場であれば自分が先輩であることもあるし、後輩であることもあります。

自分が教えたり指導することもあれば、その逆もあるわけですね。

家庭であれば親には敬意を払い、子には教えることもあります。

その色んな立場で、自分が他人に対する振る舞いが違ってきますが、反対

に色んな振る舞いを他人から受けます。

しかし時によってその振る舞いが自分から見て、好ましくないと思うこと

が往々にしてあります。

人から嫌なことをされた場合、自分が取る対応は3つに分かれることが

あるかと思います。

①自分が嫌なことをされたので、それを反面教師として捉え、自分は他人

 に対してそういうことはすまいと、自分を戒めること

②自分が嫌なことをされたので、やった相手に同様のことをやり返すこと

③じぶんがされた嫌なことを、別の人に憂さ晴らし的にやってしまうこと

 

①が一番理想的ですよね。自分の資質をより高めることにつながります。

②は相手に自分がやった行為を戒め、反省させるという効果はあります。

 ただ、報復的にやってしまう場合も多く、何の益にもならないことも

 あります。

③最悪ですね。単なる憂さ晴らしであり八つ当たりですね。得てして自分

 より立場が弱い人にやってしまいがちなので、こういうことはしない

 よう戒めたいと思います。

 

結局振り返ってみて、この「人の振りー」という言葉は、良くも悪くも

他人との関係があって気づくことです。

人との接触が少ないと、いいとか悪いとか気づくこともありません。

また他人の言動の悪さを気づくだけでなく、自分の言動が良くない場合、

他人に指摘されたり自分で気づくこともあります。

人付き合いがいい人、悪い人様々でいい悪いの問題ではないかもしれま

せんが、ある程度他人との接触がないと、あるべき言動の規範とか分から

ないかもしれませんね。

人付き合いは難しいこともありますが、それなりに大事なものですね。

 

不自由な人間?

今地球で、一番知能が高いのは人間です。

他の動物が食べる・寝る・繁殖行動をするという本能以外に、余暇を

見つけ、人生を楽しむという行為を知っています。

その範囲も種類も多岐にわたります。

また生きる上での食欲・性欲睡眠欲の快適と充実の拡張と安定の方法

を構築しています。

移動手段の発達と通信手段の発達で、昔なら交わることのない遠方の

人とコミュニケーションを取ることが可能になっていますし、遠く

離れた地域の事情を知ることもできます。

たくさんの人の知恵と努力と発明で、社会は他の動物とは違い大きく

発展し、宇宙の解明もある程度進んでいます。

と当時に、人間は自分たちの欲望を叶えようとし過ぎると、地球環境

に悪影響を与える可能性があることを知りました。

快適な生活のために色んな物質を開発しましたが、本来自然界にない

物質を作ったために、自然環境や人体に悪影響を与える科学物質が

発生したり、作られた便利な物も簡単に処分できない場合があります。

原子力によるエネルギー使用も、安定した電力供給を可能にしました

が、核廃棄物の処理などきちんと解決できていませんし、東日本大震

災の原発破損など、事故時には甚大な被害と費用と後処理が掛かって

います。

人間は利便性と快適さを手に入れると同時に、後処理も考えないと

いけなくなりました。

食糧にしても同様ですね。

特に肉類や魚類についても、乱獲すると数が減って将来の確保に悪影響

を及ぼすことから、数を減らさないような調整が必要になりました。

ところで、人間以外の動物の生き方はどうでしょうか?

知能と生き方が人間とは違いますが、動物は自分の本能のまま、好きな

ように生きています。

腹が減れば満腹を満たすだけ食べればいいし、その対象の動物が少ない

かなんて気にしません。

しかし通常は対象の動物が減らないようになっています。

その対象の動物の数の方が多くてバランスが取れているからです。

天変地異や他の影響でそのバランスが崩れない限り、人間以外の動物は

そういうことを気に留める必要もないんです。

トイレもないので、好きなところで排泄しても衛生上の問題もありま

せん。

野外なので、やがて乾燥して匂いも消えるからです。

人間以外の動物は服を着ません。羞恥心もないし、体毛でその地域に

あった気候の温度を調整できるからです。

服を着ないので、毎日の身だしなみを気にする必要もないし、他者の

目も意識する必要もありません。

つまり動物は見栄を張る必要がないんです。

ただ繁殖期に異性を引き付けるために、ライバルを威嚇する強さを

見せたり匂いやフェロモン物質を発生ことはあるようですが、いずれ

も本能の一環でしょうね。

自分と仲間や家族が生きることだけ考えればいいので、難しいことを

考えることはありません。

 

もっとも、それ以外のことに好奇心を持ったことが、人類の進化の発展

になったのかもしれません。

何かを新たに手に入れるために、その管理や副作用について考える必要

が生じてしまいました。

それを考えて地球全体の調和を壊さないように生きていけばいいですが、

どうしても「今がよければそれで良い」みたいな発想をして、後々の

ことを考えない人もいます。

それは後々予想外のペナルティとなって返ってくることがありますが、

必ずしも目先の利益だけを求める人だけにペナルティが来ないのが

困ったものです。

人間以外の動物は、自然のままに生きているのでそれでペナルティを

受けることはないですが、その代わり、自分の身は自分で守るという、

自然界の厳しい掟にさらされています。

ただ人間の行為に影響されることが多々あります。

人間は他の生物にもっと気を遣うべきでしょうね。

そうしないといつかは大きなペナルティを地球から受けるかもしれま

せんね。

便利さと快適さを拡充した人間の責務ですね。

チョイ悪?がかっこいい?

自分もそうだし、だいたい周りの人も小市民の普通の人ばかりです。

完璧な人もそうおらず、自分もですが法律違反とまではいかなくても、

時折マナー違反だったり、少々道徳的でないこともついやってしまう

こともあります。

なかなか神様みたいには生きられないものです。

とはいえ、マナー違反的なことを全く悪びれもなくするのはどうで

しょうかね。

ある例を挙げます。

自分は西日本在住で、他の地方の状況は分かりませんが、例えば

スーパーに車で買い物に行ったとします。

店舗入り口に近いところの駐車場はたいてい、障碍者用専用スペース

になっています。

もちそんそういう方がいつ来られてもいいように開けてあるのですが、

普通にそういう場所に車を停める健常者の人がいます。

そういう人がどんな人か車を降りてくるのを見ていたら、普通の人です。

しかしその表情は普通で、恥ずかしいとか悪いとかの表情は全く見受け

られません。

たぶんそういう人に「ここは身障者用スペースですよ」と言っても、

無視するか、「今誰も停めてないからいいでしょ」というか、口が悪い

人なら「何いい子ぶってんだよ」と言うでしょう。

どの対応も決して好ましくないと思うんですが、特に3つ目に代表され

るような、真面目で普通の意見を小馬鹿にするような態度ですね。

適切な表現かは何とも言えないですが、暴力団とか半グレみたいな明確

な犯罪者集団ではなく、少々のチョイ悪行為を指摘するのは「優等生

ぶってて嫌い」という感覚ですね。

たしかに昔子供時代に学校で、同級生がちょっと良からぬことをして、

それを先生に告げ口した場合、その子は疎まれて嫌われたりしたものです。

何でもかんでも先生にいちいち告げ口するのもどうかとは思いますが、

ことによっては、事が大きくなる前に悩んで先生に相談する場合もある

ので、なかなか難しい問題ですね。

でも最近のチョイ悪を標榜?する人を見てどうかと思うのは、ルールに

収まり切れない自分に酔っているような気がします。

そしてそういうワイルドなところに惹かれる異性の目を意識している人

もいるようです。

他地方の交通事情には詳しくありませんが、自分の生活圏では交差点で

右折や左折の瞬間まで、ウィンカーを出さない人がまあまあいます。

どちらかというと若い人に多いようです。

直接そういう人に聞いたことがないので推測ではありますが、教習所

で習ったみたいに早めにウィンカーを出すのは、「優等生ぶっててダサ」

という感覚なんでしょうかね。

チョイ悪ぶるのも自由ですが、生真面目に生きるのも自由です。

まして他人に少しだけでも困らせるくらいなら、チョイ悪行動もやめた

方がいいと思いますけどね。

さすがに今は随分少なくなったと思いますが、昔は飲酒運転を堂々と

やる人もいました。

「少々の酒ならいいんだよ、何いい子ぶって運転やめろとか言ってん

だよ」という感じの人はけっこういたもんです。

あるいは警察などの公的権力に歯向かうのがかっこいい、という感覚も

昔はいたようですが、今はどうでしょうかね。

暴走族も随分減っているようですから、そんな大した根拠もない反権力

意識の人も減っているのかもしれません。

繰り返しにはなりますが、どう生きようが自分の勝手ですが、多少なり

とも他人に迷惑を掛けて、平気な顔をしたくありません。

生きて生活している以上、意識せずとも最低限他人に迷惑を掛けること

は往々にしてあります。

しかしそういう場合でも、「今のは申し訳なかった」くらいの誠実さは

守れるルールは守ろう、くらいの意識は持ちたいと思います。

誠実さや生真面目さはダサくありません。

 

好きだった必殺シリーズ

昔自分は友達の勧めで、小学生の年齢で必殺シリーズが好きになりました。

既にその頃は中村主水(藤田まこと)・三味線屋の勇次(中条きよし)・

飾り職の秀(三田村邦彦)が活躍するシリーズで、世間的に人気もあって

視聴率も高い時期でした。

イケメンメンバーで女性層にもウケて、視聴率も高かったですね。

スタイリッシュな映像で嫌いではなかったのですが、そのメンバー構成

を変えず続きましたので、飽きてマンネリ化を感じてしまいました。

これは必殺シリーズについて書いた本に書いてあった言い方で世間的に

どのくらい浸透しているか分かりませんが、いわゆる中村主水・勇次・

秀のメンバーで活躍するシリーズ以降を「後期必殺シリーズ」というそう

です。

「後期必殺シリーズ」はメンバー構成以外にも、OPテーマや主題歌も

似通っているのが特徴です。

そして毎回、中村家での嫁姑とのミニコントで終わるのもパターンに

なっていました。

これに対し、毎回毎回メンバーが交代し、OPも毎回斬新で、作品ごと

にサブタイトルに統一性があるのが「前期必殺シリーズ」と言われます。

例えば暗闇仕留人なら「●●にて候」、必殺仕置屋根稼業なら、「一筆

啓上●●が見えた」といった感じです。

作品ごとにカラーが違い、登場人物が違う分色んな殺し技のバリエー

ションがあって面白かったですね。

ちなみに、必殺シリーズは中村主水が登場する作品と登場しない作品が

交互に放送されましたが、一般的に中村主水が登場する作品をまとめて

「前期必殺シリーズ」というようです。

ちなみにこういう放送順と作品になっています。(かっこ内は俳優名)

 

必殺仕置人   中村主水(中村主水)、念仏の鉄(山崎努)、棺桶の錠

        (沖雅也)

暗闇仕留人   中村主水、糸井貢(石坂浩二)、大吉(近藤洋介)

必殺仕置屋稼業 中村主水、市松(沖雅也)、印玄(新克利)

必殺仕業人   中村主水、赤井剣之介(中村敦夫)、やいとや又衛門

        (大出俊)

新・必殺仕置人 中村主水、念仏の鉄(山崎努)、巳代松(中村嘉葎雄)

必殺商売人   中村主水、おせい(草笛光子)、新次(梅宮辰夫)

 

ちなみに必殺仕事人第一作は、無印仕事人という言い方もされ、仕事人

シリーズの走りですが、内容的には前期シリーズ的な内容ですのでその

括りでここに紹介します。

 

必殺仕事人   中村主水、畷左門(伊吹吾郎)、秀(三田村邦彦)

 

前期必殺シリーズについては後期シリーズみたいに殺しのBGMもトラン

ペット主流ではなく、それぞれで主題歌をアレンジしたBGMでしたので、

それも好きでしたね。  

初期の必殺仕置人とか、現代では問題になりそうな演出や、今では放送禁止

用語も多いですが、生々しくて荒々しく嫌いではありません。

後期の爽やかで定番演出を好むのか、昔の挑戦的で独創的な演出を好むのか

は個人の自由ですけどね。

ただ後期シリーズも視聴率が良くてしばらく安定路線でしたが、やはりマン

ネリ化を指摘されて変更せざるを得なくなりました。

その後中村主水シリーズは終焉を迎えるわけですが、しばらくして東山紀之

主演で再び必殺シリーズが始まったのは良かったと思います。

「ジャニーズ仕事人」との陰口もありましたが、殺陣もかっこいいし話

もシビアなので嫌いではなかったです。

ジャニーズ事務所問題で、東山紀之氏が俳優引退みたいなことになって

しまい、シリーズも終了したのは残念でした。

 

前期必殺で一番人気があったのは「新・必殺仕置人」ですね。

今見ても面白いですが、他のシリーズも有料チャンネルで見られる機会は

多くなっていると思います。

見たことがない人にはなおさら、前期必殺シリーズをお勧めします。

ユーチューブで断片的にOP特集みたいのもあるようですので、参考に

されてはどうかと思います。

そしてまた、藤田まこと氏や東山紀之氏に続く、新しいシリーズが出来る

のを期待しています。

 

 

 

 

教育勅語とか戦前の教え

戦後日本は、民主国家といわれる体制になり、戦前の軍国主義一色だった

思想と生活から生き方が大きく変わりました。

個人の尊厳や自由というのが憲法で保証されるのは、いい時代になったと

思います。

しかしながら個人の自由や権利を優先するあまり、公共への福祉への配慮

が足らなかったり、他人への自由や権利を軽んじるという人もいるようです。

自分は今の日本国憲法は基本的に、個人の基本的人権をうたっているから

いい憲法だと思います。

保守派の立場の人を中心に、「今の憲法はアメリカから押し付けられた物

だからダメだ、自分たちでもう一度自主憲法を尊重すべきだ」という考えが

あります。

理解はできます。

ただ大部分の人が今の憲法に馴染んでいると思います。

どうしてもというなら、今の憲法を廃止して同じような憲法を採択する、

という結論が国民の総意であれば自分は賛成します。

しかし第9条の問題の改正の是非の問題はありますが、総じて今の憲法を

立法し直しても同様の憲法でいいと思います。

 

戦前は天皇を主権者として統治権を与えた憲法でしたが、同じ1890年

(明治23年)にされた、国民の有り方を示した文書ですね。

ざっくりと書くと、天皇への忠誠、国の危機には身を尽くせ、友や家族を

大事にせよなどと書いてありますね。

教育勅語は戦後は廃止扱いとなり、学校や公の場で公に使用されることは

ないようになっています。

結局日本国憲法の個人の尊厳の重視と合わないからですね。

しかし時折保守派の立場の人が、「教育勅語の全部が悪いわけではない」

と部分的な教育朝護の再活用を提言して、反発されることがあります。

そういう提言をされる時、その人は「家族や友人を大事にするような

項目は今でも通用する大事なことでしょ」と言うわけですが、それだけ

なら間違っていないと思います。

しかし懸念されるのは、というか自分も実はそうじゃないかと疑念を

持っているのは、「本当に再活用したいのは天皇への忠誠と国への奉仕

でしょ」ということです。

そもそも家族愛とか友人を大事にするとかでわざわざ教育勅語を持ち

出さなくても、

普通に家庭が学校教育で教えればいいのです。

教育勅語を全否定するつもりもありませんが、わざわざ復活させて活用

させる必要もないと思います。

教育勅語に限らず、戦前というか昔からの教えで今でも大事だと思われ

ることはたくさんあるでしょう。

少し甘いのかもしれませんが、そういうのは絶対廃れることはないと

信じていますから、大人から子供に自然に代々自然に受け継げばいいと

思います。

脳の記憶量と正確さ

夢は見ても、たいてい朝すぐに忘れてしまいます。

しかし日常生活の中で、ひょんなことで「こんな夢を見たな」と夢の断片を

思い出したりします。

ということは、記憶から消えていたと思っていた夢の記憶が残っていたこと

になります。

もしかして夢は自分が思っている以上に脳に記録されているんでしょうか?

記憶のメカニズムも不思議なものです。

意識していなくても、夢に限らず記憶することはあるようです。

前に催眠術の話も書きましたが、普段忘れていることも催眠術でかなり思い

出せることがあるようです。

いったい脳はどのくらいの記憶容量があるんでしょうね。

もちろん個人差はあるでしょう。

高学歴の人やクイズ番組に出るような人は、相当な記憶量なんだろうなとは

思います。

しかしそれは純粋に先天的な個人差なのか、努力で記憶量を拡張できるもの

なのか。

たぶん研究はされているでしょうが、PCやUSBなどの記憶媒体と違って

いると想像していたら、ネットで調べたら確かに電子媒体の記憶方法とは

違うらしいですが、分かりやすく一応比較すると、「DVD約20万枚」分

らしいです。ものすごい容量ですね。

そんな容量使える人すごいなあ、と単純に思いますが案外人生60年以上

生きたら、たいていの記憶が詰まっていますよね。

果たしてそれがDVD何枚分になるかですね。

それだけの脳の記憶量が使えるなら受験勉強楽勝じゃん、と思う学生さん

とかいるでしょう。

しかし受験は詰め込みだけでは上手くいかないようです。

数学の因数分解のひらめきや、国語の読解力はまた別の話だからです。

昔キアヌ・リーヴス主演の「JM」というSF映画を見たことがあります。

脳に一時的に記憶を満杯まで詰め込んで、他人に渡すという「記憶の運び

屋」の話です。この映画では、無理してパンパンになるまで脳に記憶を

詰め込まれた主人公がそのパンパンの頭の痛みに耐えながら、その情報

を狙う悪の組織から逃げ回る話です。

 

実際人間は今まで生きてきた中で、能動的に記憶した記憶と、無意識に

見聞きしたきた光景、どのくらい記憶しているんでしょうかね。

ただ、昔書きましたが子供時代の思い出が大人になったら、実は細部は

記憶違いだったということが往々にしてあります。

ということは正確に記憶出来ていないということですね。

でもそのまま記憶出来てしまうんだから、脳の記憶のメカニズムの仕組み

って不思議ですね。

ネットで調べましたら、古い記憶で思い出すことが少ない記憶は、時間の

経過とともに色んな情報が混ざり合って正確ではなくなるそうです。

それを防ぐには、思い出した時に正確な情報をインプットすれば正しく

再認識されるようですね。

町でたまたま会った人とか、脳は一時的に見ただけだと記憶からは薄れて

いずれ削除されるようです。

夢も起きた時はぼんやり覚えていますが、すぐに忘れてしまうのは記憶

する意思がないからでしょう。

そうでないと脳にも記憶量の制限があるし、際限がないからでしょうね。

ということは、催眠術をかけてもいつどこで会った街中の知らない人は、

思い出せないことになります。

もし催眠術で思い出しても、正確じゃない可能性もありますね。

しかし考えてみると、怖い話かもしれません。

思い出したとき、例えばそれを他人と話して食い違いがあれば、記憶が

間違って認識されたことに気づくわけです。

例えば昔みた映画や本が、改めてみると「あれこんな場面だったっけ?」

と思い違いに気づく場合ですね。

 

しかし忘れるという作業もやはり大事でしょう。

誰でも過去の嫌な思い出はあるわけですが、必要もない限り毎日思い出し

ていたら気持ち的に嫌ですよね。

そして楽しい思い出も正確に思い出したら実は大したことがない記憶を

後生大事に自分の都合がいいように置き換えているかもしれません。

それで自分の日常生活や他者に悪い影響が出そうにないなら、無理に正確

に思い出す必要もないかもしれません。

良い思い出も嫌な思い出も、自分の一部です。

なかったことには出来ませんが、時折思い出すくらいの脳の記憶の使い方

を上手く運用したいものです。

そして受験勉強の時代みたいに、必要な期間だけ一夜漬けが出来るような

脳の働きを持てたらいいですけどね。

 

 

税金あれこれ

実家は両親が亡くなってから空き家状態ですが、土地と建物は相続で

自分名義になっています。

築年数が40年を越えるので古い上に、誰も住まなくなってから一気に

老朽化が進みました。

リフォームするには多分かなりのお金が掛かるので、数年内には解体する

べきだろうと考えて思います。

しかしながらそれまで毎年、固定資産税が掛かります。

土地の面積で掛かる金額は変わってきますが、毎年それなりの負担ではあり

ますね。

税の公平負担の原則から、持っている人からそれに応じた税を負担してもら

おうという考えは理解できます。

しかし毎年税が掛かるというのはどうでしょうかね。

さっき述べた税の公平負担や国の安定収入という問題はありますが、自分は

最初に1回掛けたら、もう取るべきではないと思います。

高所得者や大企業を利することになる、という意見はもちろんあるでしょう

が、それ以上に中規模以下の所得者を助けてほしいと思います。

財政的収入が減るという大きな問題はありますが、その分所得税など他の

収入が入りやすくなればいいと思いますけどね。

 

そして国民健康保険料と介護保険料です。

制度的に非常に複雑で分かりにくい点もありますが、よく聞く愚痴というか

不満というか、「保険料が高い」という問題ですね。

この手の保険料は扱いとして基本的に掛け捨てです。

民間の生命保険料によっては、満期が来たら還付になるものもありますが、

実家は両親が亡くなってから空き家の状態ですが、土地と建物は相続で自分

名義になっています。

築年数が40年を越えるので古い上に、誰も住まなくなってから一気に老朽

化が進みました。

リフォームするには多分かなりのお金が掛かるので、いずれ解体すべきだろう

と考えています。

しかしながらそれまで毎年、固定資産税が掛かります。

土地の面積で掛かる金額は変わってきますが、毎年それなりの負担ではありま

すね。

税の公平負担の原則から、持っている人からそれなりに税を負担してもらおう

という考えは理解できます。

しかし毎年税が掛かるというのはどうでしょうかね。

さっき述べた税の公平負担や国の安定収入という問題はありますが、自分は

最初に1回掛けたら、もう徴収べきではないと思います。

高所得者や大企業を利することになる、という意見はもちろんあるでしょう

が、それ以上に中規模所得者を助けてほしいと思います。

財政的収入が減るという大きな問題はありますが、その分所得税など他の

収入が入りやすくなればいいと思いますけどね。

 

そして国民健康保険料と介護保険料です。

制度的に非常に複雑で分かりにくい点もありますが、よく聞く愚痴というか

不満というか、「保険料が高い」という問題ですね。

民間の生命保険料によっては、満期が来たら還付になるものもありますが、

国民健康保険税とか介護保険料とかは、基本的に掛け捨てです。

役所で、健康保険料が高いとか安くしてほしいという場面を見たことがあり

ます。

健康保険税の計算は前年度の所得などから計算されるんですが、前年度より

も収入が減ったのに、保険税だけ高いとなるとそれは文句の一つも出るかも

しれませんが、やむを得ないことだと思います。

しかしなぜこんなに保険料が高いのかというと、そもそも医療費が非常に

高いんですね。

結局それなりの保険料を徴収しないと、いざ病院にかかるとき国や自治体

が負担する医療費が賄えないという話になります。

なかなか矛盾する話というか、高い保険料も払うのも避けたいが、保険料を

払わないことで保険証が使えなかったら、病院に掛かった時全額払わないと

いけないので、高くつくわけです。

そもそも医療費がもっと安ければこんな矛盾も生じないでしょうが、薬の

開発費とかそれなりに高いので、安くするのはなかなか難しいようです。

 

相続税も面倒な場合がありますね。

一定以上の財産を取得したら相続税が発生します。

ところが相続する財産が現金より固定資産ばかりの場合、相続税を納付する

のにその現金がないという事態が生じます。

結局、固定資産を処分して現金を作るとかの手間が生じてしまうわけです。

相続税を治める家庭では縁がない話ではありますが、払う人は困るでしょう。

結局ある程度の固定資産を持つ人は自分が死んだ場合の不測の事態を考えて、

固定資産を処分しておいて現金化しておくとかすればいいでしょうが、急逝

する場合もあるから困りますね。

 

そもそも税制度が複雑すぎます。

かなり前の記事で書きましたが、公平性を重視するために異常なほど細分化

されています。

それなりに勉強しないと税の仕組みを分からないというのはどうなんでしょ

うね。

結局税の公平性については、「理解できる人任せ」みたいになっている感も

否めません。

個人的には小学校の授業でも学べる仕組みというか、制度設計にするべき

じゃないかと思っています。

もっと身近に感じる存在になってもらいたいものです。