ayulaveの放言

思いついたことを見境なく書いてます

グロテスクな怪物

最近ネットの動画で、怖い画像なるものを見ました。

昔から怖いもの好きで、真偽はともかくそういう画像があったら、

つい見てしまいます。

見るのは大方心霊系が多いのですが、中には動画の流れの中で得体

が知れない怪物系とかがあったりします。

怪物系も様々ですが、見ただけでグロテスクなのは、人間の要素が

入っている場合です。

いわゆる人面犬系です。

そうでない映像もありますがそこまで怖くはありません。

人によったら、巨大ゴキブリの怪物とか嫌がる人もいるかもしれま

せんが、自分はそうではありません。

巨大クモはそもそも普通のクモからして気持ち悪いので、ちょっと

嫌ですけどね。

人間の要素が混ざっている怪物が気持ち悪く感じるのは、交配感や

改造感を感じるからだと思います。

本来人間の造形をしているはずが、得体が知れない怪物と一体化して

いるのが気持ち悪いんですね。

そういえば、昔の初期の仮面ライダーに登場する怪人は気持ち悪かっ

たですね。

こうもり男とかモロに人間の要素が表面に出ているので、今見ても

気持ち悪い。

逆に今の怪人とかスタイリッシュなデザインですものね。

 

「遊星からの物体X」という映画があって、北極基地に閉じ込めら

れた隊員たちが、得体が知れない怪物に次から次へと体を乗っ取られ

てしまう映画があるんですが、人体が怪物に変容するシーンばかりで

圧巻です。中でもこれネタバレなんですが、遺体から落ちた首に昆虫

みたいな足が生えて、クモみたいに走るシーンとか不気味過ぎます。

邦画「妖怪ハンター ヒルコ」にも似たようなクリーチャーが登場し

ます。

ただ好みの問題もあるかもしれませんが、「ゼイラム」という映画の

人間の顔がついている怪物は必見です。

監督の雨宮慶太という人は、クリーチャーの造形にセンスがある人で、

登場する怪物は不気味ですが、芸術的でもあります。

今はたくさんの映像作家とかデザイナーとかいらっしゃるので、雨宮

慶太氏みたいなセンスのある人が、魅力ある不気味な怪物をたくさん

量産してほしいです。

 

 

 

 

 

 

 

保守思想と革新思想

のっけから大層な書き出しですが、日ごろ自分が気になっていた

ことがあって、それについてです。

政治という場面において特に顕著になりますが、保守思想と相反

する革新思想というのがあります。

昔的な言い方だと、右翼・左翼という言い方もします。

主張は両極端で、一致することはまずありません。

 

分かりやすくするとこんな感じですかね。

 

       保守   革新

天皇制    男系維持 女系理解

原発     維持   廃止

沖縄米軍   必要   撤退

LGBT   不寛容  寛容

夫婦別姓   制度反対 制度賛成

前戦争での

他国への謝罪 謝罪不要 謝罪必要

 

まあ、他にも色々あると思いますが、距離というか思想は完全に

相反していますね。

しかし上記に挙げただけでも、見事に分かれるんですが、例えば

原発は廃止を唱えていて、天皇制は男系維持の立場の人とかいる

んですかね。

原発廃止の立場なら、天皇制も女系理解の考えだと思います。

上の書いた表の保守・革新の上から下までは、まずぶれることは

ありません。

でもなぜでしょうね。

おそらく、原発は推進だが天皇制は女系理解とか言うと、「おまえ

はそれでも保守か」と言われるんでしょうね。

逆も然りです。

ただ、世の中には、保守、革新の間に「中道」という立場・考え

の人がいます。

この人たちは、色んな諸問題を「保守」「革新」の枠組みで考えま

せん。

天皇制は男系維持じゃないとだめだが、夫婦別姓は理解出来るとか

色んな立場に立ちます。

本来、個別の課題をそれぞれで考えていくのが成熟した市民社会

と思います。

実は、今ある政党で一番思想の幅が広いのは自民党だと言われていま

す。

所帯が大きい分、ある程度理念に幅があるということですね。

それで幸か不幸か派閥というものが出来ているんでしょうけど。

保守の立場の人も、革新の立場人もその看板に拘らないで、中道の

一般的な人が何を望んでいるかを考えながら、色んな政策を考えて

ほしいものです。

 

 

 

 

日米・言葉と文化の違い

もうだいぶ前になりますが、日本語でいうところの兄・弟(又は姉・

妹)を英語でどういうのか知りたくて調べたら、そういうのがない

と知ってちょっと驚いた覚えがあります。

兄弟で、年齢を区別する慣習がないかららしいです。

だから、アメリカで弟が兄を呼ぶときも、「兄さん」とは呼ばずに

その兄の名前で呼ぶ。

もっとも洋画を日本語吹き替えして放映するときに、弟が兄を名前

で呼ぶと呼び捨てみたいで違和感があるので、わざわざ「兄さん」

と意訳することもあるようです。

日本人が他人に「兄弟いますか?」と尋ねたら、「兄(弟)がい

ます」と答えるはずですが、アメリカだと「兄弟がいます」だけ

で済むんでしょうね。

 

また日本では自分の一人称がたくさんありますね。「僕・俺・私・

自分・あたし」など。

でも英語では「Ⅰ」のみですね。

日本語では対話する相手に合わせて、一人称が変わりますが英語

はそんなことはないみたいです。

 

敬語についても然りですが、相手にお願いする時や、尋ねる時の

段階的な敬語表現はあるようですが、それ以外には特段尊敬語

ろか無いようです。

会話で相手が自分をどのくらいの距離感を持っているかなど、

どうやって測るんでしょうね。気になります。

ちょっと調べたら、韓国は敬語はあるようですが、他の国はない

ようです。

外国人からしたら、日本語を習得するのは大変でしょうね。

自分を示す「I」と「ME」以外にもたくさんの一人称がある、

相手によって敬語の使い方が変わる。

 

でも便利?な面もあるかと思います。外国語はイントネーション

や発音を非常に重んじます。

それが違っただけでもう意味が通じない。

しかし日本語の場合、イントネーションはもちろんあるんですが、

それが違ってもある程度言っている意味が分かってします。

 

しかしアルファベットは26文字であるのに対し、日本語は漢字・

ひらがな・カタカナと3種類もあります。

漢字は豊富で、自分も使ったことがない読み方もわからない漢字

もたくさん存在します。

しかしそれだけ奥が深いということで、それを使いこなす日本人

は情緒豊かでそこは誇りであると思っています。

もちろん外国語もそれに基づいた文化や習慣があるわけで、それ

はそれで敬意を払うべきだろうとも思っています。

 

 

 

 

 

 

ノストラダムスの大予言とか

もう子供のころですが、怖い話とかオカルト話とか当時から好きでした

ので、ノストラダムスの大予言というのも真正面から信じていました。

あくまでの紹介本の中での話ですが、これまでの歴史を予言して、こと

ごとく的中させてきたと言われれば、オカルト好きの少年としては信じ

てしまいます。

有名な「1999年、7の月に空から恐怖の大王が降ってくる」という

予言に、どうなるんだってドキドキしましたね。

日本でも割と注目されていて、皆が1999年7月に何が起こるのか

関心はあったんじゃないかと思います。

結論からいえば、知っての通りなにも起こりませんでした。

ただ少し前から「コンピューター2000年問題」というのがあって、

西暦2000年に対応していないプログラムがあり、そのため2000年

を迎えると日付の問題で誤作動を起こすという問題です。

これも最初は話題になっていましたが、分かっていたことなので小さな

システムでは不具合があったかもしれませんが、大きな基幹システム

では問題ありませんでした。

 

ノストラダムスの予言に話を戻すと、そもそも今までの予言で具体的

に日付が入った予言がないそうです。

で当時も少し言われていたんですが、「1999年7の月」というの

がそれだけ日付が具体的なので、実はそのままの日付のことではないん

じゃないかって話も聞きました。

そうなると、まだ予言の時期が来ていないという話にもなるので、そう

なると、ちょっと怖くもあり楽しみでもありますね。

 

あとファティマの予言というのがあって、「第三の予言」というのが

未だ公開されていないそうです。

バチカンには秘蔵されていて、歴代ローマ教皇は知っているとか。

第二の予言が世界大戦に関することだったらしいので、あまり楽しく

内容のようですね。

 

どうもノストラダムスといいファテチマの予言といい、未来予言という

のは暗い展開のものばかりです。

「みんなで努力すれば明るい未来が待っている」というのは当たり前

すぎて、インパクトが弱いのかもしれませんね。

科学技術は進歩しているはずですが、地球温暖化などの気候変動とか、

止まない世界各地での紛争とか、ニュースになるのは暗い話ばかり

なので、みな理想的な未来が思い浮かばないのかもしれません。

でも希望を捨てずに頑張っていくしかない。

ノストラダムスも1つくらい、明るい未来を予言していないかなって

思いますけどね。

 

 

 

 

 

 

VHSビデオの哀愁

今はもうDVD・ブルーレイの時代です。

ただ自分が学生時代は「VHS」が主流でした。

ベータ版というVHSより小さい録画媒体もあったようですが、競争で

自然と姿を消しました。

1本あたりの記録容量は、画像が落ちる3倍速録画なら6時間でした

し、何度でも上書き録画は可能でした。

ただし劣化のスピードは、DVDやブルーレイに比べるとかなり早い

ですね。

比較的VHS時代が続いて(20年くらいかな?)随分、TV番組等
を録画貯めしたんですが、みな後からみると冒頭にノイズが入るなど

の劣化が見られます。

今はそういう古いVHSをDVDに移し直すビジネスもあり、個人で

でも出来るようです。

自分もそういうのが可能だと知って、急いで片っ端から移し直ししま

したね。

というのは、TVの録画番組とかわざわざDVD化されていないのも

多いので、その映像記録が消滅したらもう半永久的に見る機会がない

からです。

もちろん各テレビ局には記録はあるでしょうが、必要なければ一個人

に公開する理由もない。

映画やドラマもそうですね。

VHS映像化まではされているのに、DVD化はされていない作品と

いうのは存在します。

そういうのもコピーしましたね。もちろん家庭での個人観賞用として

です。

おかげで半年近くかかりましたけど、ダビングし終えて不要になった

VHSを大分処分することが出来ました。

 

あのVHSの形容って、ちょっとした重みがあるところがよかった

んですよ。

前にもブログで書きましたが、黄金分割比になっている形もかっこ

いいというか。

 

そしてVHSといえば忘れられないのが、ホラー映画との関わり。

大ヒットしたホラー映画「リング」では、VHSビデオテープが

重要なキーになっています。

そして、日本のホラー映画の流れを大きく変えた「ほんとにあっ

た呪いのビデオ」シリーズ。

幽霊が登場する場面だけに特化した映像シリーズの走りですが、

当初はVHSレンタルだったので、そういうタイトルになってい

て、今はDVD時代ですが、初心忘れるべからず?の気持ちなのか、

100巻を超えた今でもタイトルは変わっていません。

 

 もうVHSデッキは中古の家電販売店に行くとかしないとありま

せん。VHSは田舎の個人経営の小さな店に行くとか、ネットでも

たまに扱っているようですが、そういうところでしか購入できませ

ん。掘り出し物だと、とんでもない値がついていることもあります

けどね(笑)

 

今のDVD・ブルーレイしか知らない人からしたら、「テープの

巻き戻し」と言ったら、意味が分からなくて首をかしげる人もいる

でしょう。

それは音楽再生用カセットテープも同じですね。

再生デッキが古かったり逆にテープが古かったりして、デッキに

テープが巻き付いてぐしゃぐしゃになるとか、今となって懐かしい

思い出です。

将来、更に映像再生技術が進んだ時、「昔はDVDとかブルーデイ

とかあったんだよね」とか懐かしむ時代が来るんでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

神様の存在、ありがたみ、関わり方

自分もそうですが、何かを成就したくて神社に参拝に行くことがあり

ます。

まあ成就を祈願するにしても、さすがに最初から神頼みは後ろめたい

ので、先に最低限、自分で出来ることはやっておくわけですね。

高校や大学の受験なら、やれる限りの勉強はしておくとか。

で成功したら、「神様ありがとうございます」と感謝するわけですが、

自分が合格した代わりに、誰かは不合格になっているですね。

こういう場合の感謝は心の底で、安心とは別に申し訳なさも交じって

いたりします。「神様自分を合格にしてくださってありがとうござい

ます」

まあ不合格になったとして、「神様なんて信じられるか!」なんて

嘆く人もいるんでしょうが、どうしようもないことです。

本気で神頼みだけをあてにしている人とかいないと思いますけどね。

ただ、神社にも色々あって、お願いごとをするにしても人づてに

「あそこの神社の方がご利益があるらしい」なんて耳にすれば、そっち

に行こうかなんて考えるのが、人間の現金なところですね。

でもそういう発想での参拝とか、日本以外の国でもあるんですかね。

たぶん外国はたいてい一神教なので、「良いことも悪い事もすべて神

の思し召し」として揺らぐことはないと思いますね。

 

国や人種や民族によって神への考え方が違うので一概にどれが正しい

とかは言えないのですが、自分自身の考え方としては全てを捧げて

依存したくはないなって思います。

神と自分は別次元の存在であり、神社には願い事の成就祈願もしま

すが100%充てにはしません。「これでダメなら仕方ない。やれる

ことは全部やった」という諦めの区切りみたいなものです。

 

でも不思議ですよね。例えば今日不運なことが続いたら、「ついて

ないな、今日は厄日だな」くらいで済むんでしょうが、自分も含めて

家族にも重い不幸が立て続いたら、「何かの呪いか祟りじゃないのか」

って思うわけです。

この場合、思い当たる原因があるのかもあるかもしれませんが、神の

存在に比べて、「呪いや祟りを引き起こす存在」をグッと意識して、

それは神の存在よりも強いものです。

現実な対処として、祈祷師とか霊媒師とかに頼んで原因を取り除く

ことをお願いすることになります。

ただ自分も、怪談話とか好きでそういう話はよく聞くのですが、実際

自分の生活範囲でそういう「呪いや祟りがあった人」はいませんので、

実態が本当はどうなのか知りません。

知っている範囲で祈祷師や霊媒師もいません。

ただ誰も、不幸があっても「神様が引き起こしたんだ」とは考えない

ですね。

 

そういえば不幸の場合とは逆に、「連続して幸運が舞い降りた」とは

聞いたことがないですね。

もしそういうことがあれば、人は神への依存度が強いでしょうね。

才能や努力があれば、多少の運も左右できるかとも思いますので、

「連続する幸運」は、人間の手である程度実現可能でしょうね。

だから、そんなに強く神を意識しない。

でもわざわざ不幸を連続して呼び寄せたいと思わないのに、続いて

不幸が続く場合は、神よりもそういう負の存在は信じやすいですね。

不幸は出来るだけ避けたいのに、連続して寄ってくる場合は偶然じゃ

ないと思いたいですよね。

 

まあ、極端な神頼みな人生は送らないつもりですが、不幸が連続する

時であっても、そういうときに弱った人の心理につけ込む悪い霊媒

や祈祷師まがいに引っかからないよう、毅然としたいものです。

でも「これ以上不幸が起きませんように」と、神社にお祈りくらいは

しますけどね。

 

 

 

 

 

 

 

憧れた刑事ドラマ

昔から刑事ドラマがあって、自分は割と好きなほうです。

太陽にほえろ!」が一番有名ですかね。

他にも色々あって「夜明けの刑事シリーズ」「特捜最前線」「Gメン75」

最近に近いところでは、「あぶない刑事」「踊る大捜査線」「古畑任三郎

などが有名ですね。

もちろん他にも色々ありますが、特にパッと思いつくのが自分ではこんな

感じです。

昔の刑事ドラマといえば、若手刑事の殉職でしたが、生々しかったですね。

銃で撃たれて血がドバっと出て。

自分が子供のころに見た刑事ドラマの殉職シーンは、リアルでちょっと

恐かったりしたものです。

一番有名なのは、「太陽にほえろ!」の松田優作演じるジーパン刑事の

殉職シーンでしょうね。

殉職シーンはともかく刑事には憧れて、子供のころに「将来は刑事になり

たい」って夢を語る少年も多かったと思います。

今はどうなんでしょうね。

 

昔の刑事物は生臭いムンムンとする男たちのドラマでしたが、「あぶない

刑事」から流れが変わりました。

オシャレでスタイリッシュ、そして「古畑任三郎」で癖が強い単独行動

をする刑事、そして「踊る大走査線」で今風の若者のドラマになりました。

色々刑事物もあっていいと思います。

 

小説ではお笑い芸人と刑事を兼業する物もありますし、ドラマの「SPEC」

シリーズは、警察VS超能力者の戦いでした。

劇場版にまでなって、ラストは悪魔みたいのとの闘いで、話が大きくなり

すぎちゃいましたけどね。

また奇抜な設定の刑事ものを見たいなあ。

ハリウッド映画では「ゴーストエージェント」とか、殉職した刑事が死後

の世界の警察で活躍するという話で、なかなか面白かったですよ。

今は女性が活躍する刑事物も多いので、いろいろ見たいですね。

番外編ですが、「スケバン刑事」シリーズとかも好きでしたね。