ayulaveの放言

思いついたことを見境なく書いてます

記憶の保存マイクロ化

昔自分が今の職場に入った時、とにかく書類の多さに驚きました。

上司に文書を回し、閲覧や決裁が済んだ文書を分類分けして、文書

ボックスに入れ、古い文書を倉庫に運び込んで、定められた保存期間

が到来した文書は、重要文書を除いて廃棄処分となるわけです。

地下倉庫はパンパンで、これ以上文書が増えたらヤバイかなと思い

始めたタイミングで、文書閲覧が電子化されました。

そもそも対外的な文書も、契約みたいな押印が必要な文書以外はメール

で発送されるようになっていて、それだけでも紙媒体が少なくなって

いました。

これまではメールで来た文書をいったん印刷して、閲覧や決裁をして

いたわけですが、その出力作業が不要になったわけです。

で紙媒体の文書といえば、過去保存の文書だけとなったわけですから、

その文書が廃棄する時期になったら、職場内の文書は大幅に減るで

しょう。

となると後は電子化された文書の保存となるわけですが、まあこれも

容量制限はありますから、いつかは廃棄処分が必要になるでしょう。

でもこれも技術が進んで、昔は大きなフロッピーデスクから小型フロッ

ピーデスク、そしてUSBにどんどん保存装置は縮小化するのに、保存

容量は大きくなっていますね。

これで大半の文書は保存出来るでしょう。

 

「本物の価値観」のブログの内容と被りますが、物質の少なくとも

形状の記憶と再現の技術は、もう出来ていますよね。

もし再生前の保存の段階で、電子化保存出来るなら大きな建物も保存

出来る時代も多分来るんでしょうね。

必要な時に、出力化して本物と同じ形状を作ってしまう未来。

後は、それを維持する材質の問題はあるでしょうけど。

 

今の歴史資料館にあるような古文書とか、それを3Dコピー化する動き

とかないんですかね。

丁寧な保存方法と取り扱いをしていても、いつかは摩耗してなくなる

んじゃないかと杞憂しています。

 

人間のクローンは映画のテーマでは見ますが、実現は慎重に願いたい

ですね。