ayulaveの放言

思いついたことを見境なく書いてます

男らしさ、女らしさ(死語?)

今こそ男女の性の多様化が叫ばれている時代はないでしょうね。

昨年、LGBT理解増進法というものが制定されて、ざっくり言えば

性的志向について皆が多様化の理解を深め、それに配慮した社会制度が

実現されるよう努力しましょうという内容です。

ほんとうにざっくり書きましたけど、なかなか奥が深いですね。

正直、5年前くらいまでは女性言葉を使う男性を「オカマ」「オネエ」

と言ったり、男っぽい言動をする女性を「男まさり」と言ったりして

いました。

まだ男性を愛する男性を「ゲイ」と言い、女性を愛する女性を「レズ

(ビアン)」と言って、ちょっと引く傾向もありました。

今「オカマ」「ゲイ」などと公の場で言うと、「時代を理解していない」

と指摘され、それが政治家などの公人であったりした場合、その肩書の

資質を問われることもあります。

ただ、自民党に多いかと思いますが、古くからの保守的価値観を重要視

する議員やその支援団体から、今の流れを懸念する声はあるようです。

 

少し前置きが長くなりましたが、自分の意見を言っておくと、LGBT

に理解は必要かと思います。

性的少数派であることを理由に、根拠がなく法の制度上の差別を受けたり、

道徳的に糾弾されるべきではないと思います。

ただし今の流れが一般化され、今度は旧来の保守的価値観を大事に考える

人たちが非難されるようなことになれば、それはそれで話が逆転しますね。

要は「誰もが生きやすい社会」をギリギリまで実現しようする意思が大事

だと考えますね。

 

この流れに先んじてといいますか、特に芸能人とかで同性愛などを公表する

人が多くなりました。

ひと昔前なら、仕事に影響するかもとか考えて、公表しない人も多かったと

思います。

ゆえに同性愛志向の人が、決して数自体が増えたわけではないと思います

けどね。

 

そう言えばひと昔前なら、コメディ映画やドラマでの「ゲイネタ」みたいの

が、今は無くなりましたね。

シリアスな表現での取り扱いはいいが、そのこと自体を笑う扱いはアウト

といった感じです。

昔の傑作映画やドラマでも、この表現が引っかかってテレビで放送できない

なんてこともあるんじゃないでしょうか。

個人的には自分が言われるのを気にしない人もいると思うので、もう少し

寛容的であってもいいような気もしますがどうなんでしょうね。

障碍者と同様で、「さらし者にするな」という感覚でしょうか。

ただ今でも「デブ」「ハゲ」表現は、コメディとして普通に扱われているの

で、その辺の線引きはどうなんでしょうね。

 

話は変わりますが、今の流れで「男らしさ、女らしさ」を強調するのは旧態

依然になりつつあるようです。

今の若いモデルを見ると、ぱっと見、男性か女性か分からない中性的な人が

増えてきました。

自分も普通に街中で、そういう若者を見るようになりました。

そのこと自体を否定したりはしませんが、例えばアクション映画などを観に

行って、その主人公がダンディズムがムンムンでカッコよかったら、「自分

もあんな男になりたいな、それで女にモテたいな」とか単純に思ったり

思ったりします。

自分にないものを求めているのかもしれません。

同時に女性に対しても、普段言動が強気な女性が、ふと優しい昔ながらの

「女性らしさ」を見せられると、どきっと惹きつけられてしまいます。

今の多様化の時代、中性的な人たちはその辺りどんな異性への魅力を感じ

んでしょうね。

 

「多様化」の時代ですから、保守思想と自分にあった性のアイデンティティ

が共存できるのが一番いいと思いますね。

少子化の問題が絡む場合もあるでしょうが、それは切り分けて考えた方が

よいのかもしれません。