ayulaveの放言

思いついたことを見境なく書いてます

お金の対価とあぶく銭

基本、自分たちは労働した対価として報酬をもらいます。

あるいは商品を作って売ることで対価を得ます。

大体の人はそうしながら金銭を得、それで生活しているわけですね。

それでみな、お金を回しながら経済が成り立っているわけですね。

ところで、目に見えないものによる支払いの発生が世の中には多々

あります。

例えば、映画を見たり音楽を聴いたりするときに発生する代金の

発生というのがあります。

例えばDVDやCDを購入すると、その内容を楽しめるということ

で、対価は得られるわけですね。

ではレンタルの場合はどうでしょう?

映画を見たり聞いたり音楽を聴いている間は、その世界に入り込む

ので、その刺激を体感するということへの対価は発生しているで

しょうが、見終わったら返却して後は物として形には残りませんね。

購入したDVDなら、飽きたら中古品としてまた売ることも可能で

すが、レンタルの場合はそうはいきませんね。

劇場で映画を見る場合や、コンサートに行く場合も同じです。

臨場感にお金を払うのであって、それが後に売れる物品になるわけ

ではありません。

そうすると、そこで対価を得ない損が生じますね。

ただいい映画や音楽だったりした場合、損をしたという感覚には

ならないでしょうね。

食費はどうでしょう?

これも食してしまえば、他人に売買出来る対価は発生しないわけ

ですが、体の空腹は解消できて体を動かすエネルギーになるので、

この場合は明らかに損ではないですね。

食費も浪費も、他人に出せる対価は生じないですが食費は必要

不可欠な消費、映画などの鑑賞料は浪費でしょうね。

浪費ができる金銭の余裕があればいいですが、それがないと汲々

の生活を余儀なくされるし、それのために借金すると後々きつい

ことになるのは道理ですね。

要は浪費できる対価をいかに貯められるかということでしょうね。

これを逆に考えると、浪費(の商品)のために対価として提供

出来る人は才能があって素晴らしいと思います。

 

浪費といえば、ギャンブルがありますね。競輪競馬パチンコなど

です。

この手のものは、上記の芸術文化関係とは違って、そもそも対価

を持っていません。

強いていうなら投資金です。

競輪競馬はある程度予想して、分析力があれば予想が的中して

対価を手に入れることが出来ます。

一方パチンコは釘の見方とかはあるんでしょうが、ほぼほぼ「運」

です。

これこそ「浪費の快感」みたいのがないとやらないでしょうね。

どちらかといえば映画鑑賞に近い。うまく「運」があれば見返りが

ある。

ただ映画鑑賞と違って「投資の回収」ということに力を入れすぎる

と「依存症」という、こわい症状を発症することがあるようです。

株はどちらかといえば競輪競馬に近いですね。

競輪競馬よりもむしろ勉強して社会情勢に精通していれば、確実な

投資でリターンがあると思います。

 

よく政府や日銀が紙幣を増発行すると、紙幣の価値が下がるなんて

いいますが、上記の形がないものがどんどん対価と交換されると、

紙幣が足りなくなるなってことはないんでしょうね。

都合よく経済は循環しているようです。

経済学者や専門家なら、その当たりうまく説明できるんでしょう

けどね。

バブル時代のバブル(泡)で、みな一時的に大儲けしましたが、

泡がなくなってひどい目にあった人もいたようです。

バブルが無くなる前に危険を察知した人は、すばやく泡を現金化

するなりして危機を脱した人もいると思いますが、その泡を押し

つけられてむごいことになった人もいると思います。

みんなで泡を霧散させることは出来なかったんでしょうね。

誰かが儲かると誰かが損する。

経済の流れの一環でしょうが、そこのシステムが改善されればより

よい社会になるんでしょうけどね。難しいですかね。